5大阪市中央公会堂

「建設中(鉄骨工事)」(1915年5月25日)
中央公会堂は純粋な煉瓦造りではなく、鉄骨やコンクリートも使われています。誇らしげにポーズをとる関係者の後ろに、お隣の中之島図書館が見えます。 「建設中(定礎式)」(1915年10月8日)
定礎石に右手を添えているのは日本資本主義の父と称される渋沢栄一です。渋沢は公会堂の寄贈者・岩本栄之助から寄付の相談を受け助言も行いました。右から3人目は辰野金吾。二人ともはるばる東京から駆けつけました。 「竣工時(正面)」(1918年10月)
カラー写真なら、さぞかし赤煉瓦と花崗岩の白いラインのコントラストが鮮やかだったことでしょう。当初は3カ所ある正面の鉄扉の上には庇がありませんでした。 「竣工時(西面)」(1918年10月)
こちらは西面です。巨大な煙突は石炭炊きボイラーの排気用で、配管で蒸気を循環させ室内に設置したラジエーターで暖房を行う、いわゆるセントラルヒーティングが備えられていました。 「竣工時(大集会室)」(1918年10月)
当初の大集会室です。1階の座席は木製の可動式で、床全体が平面だったため、座席を地下に格納すれば、武道の試合やブースを設けた見本市など、あらゆる利用に対応することができました。 「大集会室」(1999年)
これは大規模な保存再生工事(1999~2002)が実施される直前の大集会室です。折上天井が平天井に、シャンデリアが蛍光灯に改変され、当初の姿は見る影もなくなっていました。 「大集会室」(2015年)
そしてこれが現在の大集会室です。保存再生工事によって、見事に当初の姿が蘇りました。失われていた意匠をここまで復元された関係者の熱意と努力には、頭が下がるばかりです。 「東正面」(1970年代)
保存再生工事以前は外観にも汚れや劣化が目立ち、一部改変も見られました。玄関には当初なかった車寄せが設置され、正面アーチ屋根上に据えられていた神像は戦時中の金属供出により長らく失われたままとなっていました。 「東正面」(2015年)
保存再生工事により、車寄せが撤去され代わりに車イスのためのスロープが設置されました。アーチ屋根には復元制作された神像が再び据えられ、中之島を行き交う人々を見下ろしています。

建物解説

岩本栄之助の寄付で作られ、気鋭の建築家・岡田信一郎の原案をもとに片岡安・辰野金吾が遠目にも華やかなデザインに仕立てた。市民らの力で守られ重要文化財となり、2018年に開館100周年を迎えた。

基本情報

所在地北区中之島1-1-27
建設年1918年
設計岡田信一郎(実施設計:辰野片岡建築事務所)

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